現存する143系の概要

クモヤ143・クモユニ143とは

最終更新

2019.1

クモヤ143-9
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  クモヤ143-0番台

クモヤ143-8(東京総合車両センター)

クモヤ143-9(東京総合車両センター)

クモヤ143-11(川越車両センター)

クモヤ143-21

   (東京・大宮総合訓練センター/車籍なし

 1972年に発生した日暮里駅での車両追突事故をきっかけに、山手線をはじめ首都圏に保安装置・ATCを導入することになった。これにともない、ブレーキ性能が不十分な旧型の事業用車を置き替えるため、1977~80年に21両が新製された。配置箇所は品川、浦和電車区など、すべて首都圏である。
 

 クモヤ145とは異なり、足回りも含めオリジナルである。主電動機はMT57で、落成当初からスカートを装備した。1980年代からは205系など、電気指令式ブレーキの採用が本格化したため、クモヤ143にも対応改造が行われている。全車国鉄からJR東日本へ継承されたが、車両が徐々に編成単位で管理されるようになったことで、「牽引車」としての出番は激減した。
 

 1992年の山形新幹線開業時には、交流区間と標準軌に対応した牽引車が必要となることから、クモヤ143-3がクモヤ743-1に改造され、2013年まで活躍した。
 また、2008年にはクモヤ145-120+
クモヤ143-12+クモヤ143-16+クル144-8+クモル145-8+クモヤ143-14の組成でまとめて廃車回送されるなど、数を減らしている。

 現在は4両が現存しているが、構内訓練や、車両基地のイベントでお目にかかる程度。クモヤ143-11に至っては2018年にATCが撤去され、クモヤ143としての特長さえ失った。

クモヤ143-51
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  クモヤ143-50番台
 

クモヤ143-51(新潟車両センター)
クモヤ143-52(長野総合車両センター)

 国鉄の分割民営化を控えた1980年代、上沼垂運転区(現・新潟車両センター)には特急「北越」などに使用される485系が転入した。合わせて交直流対応の牽引車が必要となることから、荷物輸送の廃止にともない余剰となったクモニ143から2両が改造された。

 0番台と異なる点は双頭連結器を装備し、スカートが撤去されたこと。また、クモニ時代の湘南色を保っており、車内の荷物室もそのままである。前述のとおり交直流車の制御が可能だが、
クモヤ145-50(1050)番台のように、交流区間で制御車として走ることはできない。

 のちにクモヤ143-52は長野地区へ転属し、篠ノ井線の霜取り列車として知られていたが、2018年3月のダイヤ改正でE127系にその役目を譲った。

クモユニ143-1
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  クモユニ143
 

クモユニ143-1(長野総合車両センター)
クモユニ143-3

    (東京・大宮総合車両センター/車籍なし

 身延線における郵便・荷物輸送、また旧型国電の置き替え用として1981年に4両が製造された。主電動機はMT57で、パンタグラフは1基のみ。登場時はスカートを装備していたが、後年に撤去された。

 80年代中盤になると、鉄道による郵便・荷物輸送が相次いで廃止され、1986年からの10年間は幕張電車区で新聞輸送も務めていた。


 新聞輸送を113系に譲ると、クモユニ143-2・4は廃車となったが、1・3は牽引車に転身。ここ20年ほどは長野総合車両センターに在籍し、特に1は長野駅~車両センター間の職員輸送や、イベント列車への充当実績も多い。

 一方、クモユニ143-3は2018年3月にクモヤ143-52が転入したことで余剰となったのか、8月に東京・大宮総合訓練センターへ配給輸送された。以後、同所で訓練車として使用されている。

  「クモヤ」「クモユニ」の意味は?

=運転台あり
=モーターあり
=事業用

※かつて、事業用車は「職用車」とよばれており、それらに乗っていたであろう「役人」が由来との説がある。

=郵便
=荷物